May 24, 2011
綿密な計画と、国内旅行について
綿密な計画は、国内旅行だけでなく、非常に重要なことだと私は思っています。国内は、治安等の心配がないので、比較的安心して楽しむことができます。国内旅行の楽しみは誰でも知っています。魅力ある土地を自分なりに探してみるといいでしょう。効率的に観光ができるように、旅行サイトのプランを参照してみましょう。タイは微笑みの国と、穏やかな性格の国民性で知られています。また、タイは仏教国で、国のいたるところに仏教寺院が点在しています。仏教遺跡の卒業旅行取り巻くてみたいという方にはタイをお勧めします。卒業旅行で数日で、バンコク近郊の仏教寺院を巡ることができると考えています。また、タイ料理は辛いですが美味しい食べ物がいっぱいです。
和歌山県は12日、関西電力が示す電力使用率が97%を超すと予想された場合に、エアコンの停止など庁舎内で緊急的な対応に取り組むほか、県民に対してさらなる節電の呼び掛けを行うことを発表した。
使用率が97%になる2時間前に関西電力から県や市町村に対して情報が提供されるため、それに応じて節電対策や県民への広報活動を実施する。
県庁内のエアコンを停止するとともに、市町村役場でも同様の節電対策を実施するよう呼び掛ける。
県民への節電要請としては、エアコンの停止や温度設定を上げるなど、熱中症に注意した上で実施するほか、家電製品の使用を可能な範囲で控えるよう呼び掛ける。
県民への呼び掛けは県ホームページのほか、防災や防犯情報を電子メールで配信するサービスを活用する。市町村を通じて防災行政無線や広報車を使った呼び掛けもする。
県内企業に対しても、県の産業別担当者を通じて節電への協力を呼び掛けるという。
【関連記事】
節電の夏始まる 家庭でもあれこれ工夫
電力消費、田辺市10% 印南町11%減 数値目標立て節電
和歌山県南部で12日夕方、大きな二重の虹がかかり、行き交う人を驚かせた。見上げたり、携帯電話で写真を撮ったりする人も見られた。
この日は朝からまとまった雨が断続的に降る天気。午後7時前、雨が上がって日が差し、田辺市秋津町の田辺バイパスや県道田辺龍神線沿いから東側の空を見上げると、虹は大きく弧を描き、その上にも薄い虹が姿を現した。
【関連記事】
串本町で海霧 紀伊大島の周辺かすむ
歴史の暗部と向き合う夏がまたやってくる。県民の水がめ、相模ダム。その建設工事で殉職した人たちの追悼会が31日に開かれる。戦時中の労働力不足から駆り出された朝鮮人、中国人が数多く犠牲になった。式典は33回を数えるが、事務局の太田顕さん(68)=相模原市緑区千木良=は「いまこそ過去に目を向けなければ」との思いを強くする
湖畔の石碑が史実を静かに伝える。
〈工事には(中略)捕虜として連れてこられた中国人、当時植民地であった朝鮮半島から国の方策によって連れてこられた方々など延べ三百数十万人が従事されました〉
碑には、建設中の事故などで亡くなった83人の名前が刻まれている。1993年10月、太田さんら地元住民の要望に応じる形で県により建立された。
後日談があった。太田さんは「相模湖・ダムの歴史を記録する会」のメンバーとして、工事関係者から聞き取り調査を行ってきた。そのなかで強制連行、強制労働の実態について証言を得ていた。碑文に「強制」の文字を盛り込むよう求めたが、県は「議会の了解が得られない」と難色を示し、要望は通らなかった。
完成後、県の担当者は打ち明けたという。
「碑文のプレートは取り外せる。いつか『強制連行』という言葉が定着したら、取り換えればいい」
それから20年近く。文言は当時のままで、その4文字が消えた教科書まで登場した。
太田さんは知的障害者の入所施設で働いてきた。その目には、閉ざされた施設で一生を終える障害者と過酷な現場で働かされた人たちの境遇が重なって映った。「朝鮮人、中国人を危険な作業に従事させることができたのは、彼らを蔑視していたからだ。障害者を社会から排除して平気でいられる差別意識と同じだ」
差別や人権といった、いまにも通じる問題をそこに見ているからこそ、埋もれかけた歴史を掘り起こし、追悼会や講演で語り継ぐことにこだわってきた。
そして東日本大震災、原発事故―。
太田さんが力を込める。「これまでの生き方が問い直され、人と人のつながりを大切にしようといわれる。そうであるなら、このダムの歴史にも向き合わなければ」。悲劇を見詰めてこそたち上ってくる命の尊さを伝えたい。
◇
相模湖・ダム建設殉職者合同追悼会は31日午後1時から県立相模湖交流センターで。地元の市立内郷小学校の児童による合唱も披露される。問い合わせは実行委員会事務局太田さん電話042(684)3514。
【関連記事】
相模ダム建設の殉職者を追悼/相模原
生活支える姿見て、県内唯一「ダムマイスター」山口さんが写真展/相模原
東日本大震災の被災地を支援するため、福知山から11日朝に出発したボランティアバス「福知山どっこいせ隊」の一行21人は、同日夜に宮城県入りし、12日朝から予定通り石巻市でボランティア活動を始めた。
福知山市災害ボランティアネットワーク連絡会が主催し、市と市社会福祉協議会が共催。福知山民間社会福祉施設連絡協議会と両丹日日新聞社が協賛しての取り組み。事前学習会に臨んだ20歳から65歳までの男女21人が参加している。作業内容については、要望が刻々変わるため現地に着いてから指示を受けることにし、どんな作業でも対応する心づもりで出発した。
■現地でニーズくみ、壊滅の養殖業再起へ支援■
12日に活動したのは牡鹿半島中ほどにある石巻市谷田浜地区。ホヤの養殖が盛んだった地域で、石巻市はホヤの水揚げが日本一。昨年7月には市内で「世界ほやエキスポin石巻」と題したイベントを成功させ、今年第2回を開く計画だった。
ところが3月11日の地震で、谷田浜地区は集落ごと津波に飲み込まれてしまうなど、市内の養殖施設は大きな被害を受けた。地域の復興には地域の産業再生が欠かせない。そこで「福知山どっこいせ隊」は、地元の養殖業、三浦政浩さん(48)の依頼を受け、抱卵してホヤを付着させる器に利用するカキの殻の仕分け作業にあたった。
カキは三浦さんの親類の老夫婦が育てていたのだが、夫婦は津波で行方不明に。三浦さんが育てていたホヤも全て流されてしまったが、三浦さんら3人が夫婦の残したカキを受け継ぎ、ホヤ養殖業の再起をと、いま頑張っているところだという。
■炎天下に根気のいる作業■
同行取材をしながら一緒に作業に汗を流している両丹日日新聞社、足立秀高記者は「周囲は震災から4カ月たったいまも瓦礫の町のまま。殻の仕分け作業は炎天下で、根気のいる作業ですが、どっこいせ隊の参加者たちは、いま困っている人たちの助けになろうと、みんな張り切っています」と様子を伝えてきた。
一行は13日夕方までボランティア活動を行い、同日夜に宮城県を発ち、翌朝福知山に帰ってくる。
WriteBacks
writeback message: Ready to post a comment.